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「魔女?……いるぞ、西の森に」 おれの質問に、村長は一瞬渋い顔をして答えた。 例の殺し合いは、あのあとのっそりと戻ってきた店員どもに、村の警邏を担当する若衆への言伝を頼むことでようやくおれの手を離れた。 減っていた腹も血の臭いに萎えて縮み、入れ替わりに気分の悪いむかつきだけが残った。 食事の前よりよけいに疲れ果てたおれは、村長婦人の鼻白んだ顔も無視して、宿代わりに使っている村長の屋敷へ帰るなり泥のように眠り、次の日、朝食の席での昨日の事件の話題で、ふと耳に残っていた単語を尋ねたのだ。 「村がおかしいだの、魔女がどうの。おれが看取った男が死に際にそんなことを言ってな」 「アーネストが……。魔女、ね」 あの酔いどれはアーネストと言ったのか、とぼんやりと思っていたおれは、難しい顔をして考え込む村長に気付いて、 「何か悩み事でも?」 村長は額のしわを緩め、皮肉な調子で笑った。「逆に、どうした。お前がひとを気遣うなんて珍しいな」 「別に、ただいつまでもここで穀潰しするわけにもいかねえし。暴力がご入用な面倒な事態かな、と思って」 この村長とはもう随分前からの付き合いだ。 チャーン帝国初代国王、勇名で知られるアランガルによる過去の際限なき拡張政策のせいで、管理が及ばぬほど肥大化したこの国の国土の端。暗く深い森の奥、国境線が曖昧な場所であるのをいいことに、この村の近くでは多くの魔王が僭称され、国とは名ばかりの軍閥が興っては消えていた。 十数年前、例によってこの付近に現れた魔王をのす時に、この村を隠れ蓑に使ったときからの付き合い。 ちなみに、そのときの魔王は典型的な誇大妄想野郎で、政治的にも価値ナシ、と政治屋に利用されることもなくアッサリとおれによって討伐された。 懐かしい思い出だ。あのときからおれは勇者と称されるようになり、すきっ腹のまま剣を振り回す回数も減った。 「討伐とはまた気持ちの悪い言い方だな。暗殺だろう」 「魔王と名乗った時点で奴らはもう人じゃあない。亜人であり魔物だ。 暗殺とは人が人に向ける悪であり、討伐は人の世を豊かにする正義である。というのが国の結論さ」 「言葉の脱臭……国家の暴力によって個人を殺すという行いに対して、民が感じる嫌悪感を消す意図があるワケだな。 なんにせよ、あまり気分のいい話ではない。朝から殺しが絡む話は」 「でも今のアンタにはそれが必要だ」 おれの言葉に、ぴたりと村長の動きが止まる。あくび交じりにしわい果実をしゃぶりつつ、おれは続けた。 「昨日の暴れてた奴らって、ヤク中だろう。眼を見りゃわかる。血走って、ぼうっとして、いかれてたもんな。 で、なにやらおれに相談したかったアーネストさんが死に際しきりに魔女だの村の将来がどうの繰り返す。 おおかたその魔女ってのがアンモラルを求めるガキどもにクスリでも売り回ってるんだろ?」 「だからどうした」怒気を孕んだ声をしていると自分で気付いたのか、村長はすぐに苦笑して言いなおす。 「失礼した。 ……やはりお前は何も変わらないな、フシュ。そんな性格じゃあこの世の中、生きにくくて仕方がないだろう」 「ほっとけ」 自身自覚のあることだが、おれは妙な気遣いで言葉を修飾するのが大の苦手だった。 あまりに人を慮れないせいで、作らなくてもいい敵をいくつも作ってきた。 寝込みを襲われたことなんて片手じゃ足りないし、歓迎されてると思っていたら毒殺されかけたこともある。 けれど、おれは自分のことがまったくもって大好きなので、浮世に涙はすれど特に反省はしないし改善するつもりもない。 だから、たまにこの村長のような話せる善人と出会うと、ついついはしゃぎ過ぎてしまう。 「田舎の村はずれの魔女と言ったら、村の汚らしいものの押し付け先の筆頭だもんな」 売春、薬物、中絶、屠殺に暗殺。あとは外科医療か。おれは適当に羅列しつつ指を小指から広げる。 「そんな奴がモラルハザードの起点になってるんだから、あんた的には頭の痛い話だわな。 実のところさっさと手打ちにしたいが――」 「無理だ、すぐに代えの利く存在じゃない」 「――というわけだ。 なんだ、お前、その魔女に汚らしい出の孤児とか与えなかったのか。バカだな。 ひとりの奴にそんな疲れること、永いこと押し付けるから変な思想こじらすんだよ」 ガキでも育てさせて、ちょうどいい頃に山に埋めときゃよかったのに。 そうつぶやきながら、しまった、朝食の席には似合わない下劣な話になってしまった、と内心舌を出しつつ。茶をすする。 いつもこんな風なグロテスクな話にしてしまうから、村長夫人はついにおれと食事の席を一緒しなくなった。 「それは一般論だ、フシュ」しばらく無言が続き、俺がテーブルに落ちたパンくずを数え始めてから、額に手をやってなにやら考え込んでいた村長が不意に声を発した。 「一般論だのの前に、『そういうもの』の管理においてはただの基本。基本中の基本だぜ」 「普通はな、だが……魔女は私の管理下にないんだよ。詳しくは知らない。 子供が一人いることを知ってるくらいだ」 おれは思わず顔を上げて村長の顔を見た。 その顔には、長い逡巡のあと言葉を発したという迷いの痕が見てとれた。すぐに、おれを信頼して弱みを見せたとわかった。 何か事情があるのは想像に難くない。 けれど、おれは生来の性分から、厳しい言葉をかけずにはいられなかった。 「ずさんだな。それに、ミスに対するフォローも今に至るまでしてない、する様子もない。 それで昨日の血みどろだ、人死にだ。 言いたかないが、トロいとしか言いようがない」 「手厳しいな、本当に魂まで勇者になったみたいじゃないか、フシュ」 「茶化すなよ、吐き気がする。 ……こうしてわざと恥晒したんだ、おれに何か頼みたい事あるんだろ。 ホレ、言ってみな」 弱々しく笑うと、村長は目を瞑ってよく言葉を選び、息を吐いてから語り始めた。 「あの女【ひと】は……本物の魔女なんだ」 |
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