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元から腐っていた入り口の扉は、家全体が揺れるような衝撃のあと、中心から折れるようにして蹴破られた。 「おっかない母さんだな」 「違う」 扉に目を釘付けしたまま、棒立ちしていた少女、ウルは今度こそおれの下らない冗句にも反応した。 どたどた、と家に踏み込んでくるのは三人の若い男たち。 物見遊山気分でくつろいでいたおれも渋い顔になろうというもの。 顔をちらりと見て、三人とも昨日の酒場の奴らと同じ目をしていることを確かめる。 「こな」「粉よこせ」「よこせよお」 狂気じみた目をした男どもに囲まれ、口を開きかけたウルを遮って、おれは立ち上がった。 すくんだままのウルをさり気なく押して退け、男どもと彼女の間に割って入り、おれがどういう存在なのか測りかねて、ただメンチを切ってくる男の肩にはす向かいで手をのせる。 「表に出ようぜ、なあ」 男からただようすえた臭いを、おおきく息を吐いて口から追い出し、座るために外していた曲刀【シミター】片手に、その柄を指先ではじいてみせる。 硬質な音を聞かせてやる。 「だれだぁ、てめえ。どうでもいいんんだよ、粉くれよ、なあ粉」 「しらねぇよクソが、におうんだよお前。さっさと出ろ臆病者【チキン】」 「うぜぇカスぁ、どけよ。ガキにようがあんだよお」 「穀潰し」 「はああああ?」 なるほど、このことばに反応するか、と。 この方向性でプライドを痛めつけてやることに決めた。 「親、百姓か。親の脛かじって粉吸ってんのか。 乞食だなぁ。 おまえら、土地相続されねぇ三男坊とかだろ。 だってのに、その歳で昼間っからフラフラしてるって、傭兵もやれねぇくらいに臆病なんだぁ。 かわいそうになぁ。家追い出されるぞ、そしたら、どうする?本当乞食になるか? なら練習だなぁ」 曲刀は、手を離したことで、落下。立った喧しい音を背景に、ウルに押し付けられた小袋を懐から抜き、「ほら拾え」床に落とす。 言った瞬間に不意に飛んできた拳を、肩に乗せた手を離して流し、勢い余って背中を向けた男の尻を蹴り、その身体を裏口へと押しやる。 錠の開いた扉をそのまま下敷きに、どうと倒れた男の背中、駆け寄って腎臓辺りを爪先で蹴り飛ばす。 戻しかけ、咳き込む男の髪をつかんで引きずり起こし、首を固めて、後ろから鼻を摘んで捻り折った。 「あ゛あ!?」 「きたねぇなあ、耳で勘弁しといてやるよ」 ぼたぼたと鼻から垂れる血がおれの手を汚す。 男は、おれが手前の服で血を拭っている間も必死の抵抗をするが、力の使い方がどうにもなってない。 片手間で容易に押さえ込み、ぬぐい終えた手の人差し指をやっこさんの耳の穴のふちに触れさせる。 「――ああ!やめろ、やめろやめろやめろ、頭おかしいだろお前えええあああ゛あ゛あ゛いいい゛い゛痛いいいたい゛い゛い゛」 「耳で勘弁するっつったろバァカ」 と、背後から気配。 「あらら」思わず声が出る。 腕で男を絞めたまま振り向けば、残りの二人のうちの一人が、おれの捨てた曲刀を構えこちらへ向け、蒼い顔してぶるぶる震えていた。 根元までねじ込んだ人差し指を穴から引きずり出し、抱えていた男を開放してやる。へたり込み、耳を押さえてうずくまり、動かなくなった彼をまたぎ、目下の危険に対処する。 「素人に刃物かよ。さっさと離せ、指落とすぞ」 「こっちくんなよぉ!」 もおいいだろぉ!と、ほとんど悲鳴じみた声を上げる。ほっといてくれよぉ!これで大人の男のことばだ。 なけなしの勇気を振り絞って仲間を助けようと剣を拾い、それでもあと一歩を踏み出せずに、事態の進行に取り残されたマヌケがそこにいた。 あまりに滑稽で、ふき出してしまう。それに律儀に反応して、なにわらってんだよぉ!と腰が引けた構えで剣先を揺らすなみだ目の男。 「なんなんだよ……頭おかしいよあんた。狂ってるよ……なにモンだよ……」 「お前、面白いな。殺すのは最後にしといてやる」 正直言って、自分が何者か、普段なら明かすのも気が引けただろう。けれど、今は目の前に立つ男の滑稽さに助けられ、振りまく冗談じみた空気に悪ノリしてもいいと思えた。気分にさせられたのだ。 「そこのガキにも身分は知らせてなかったっけ。 申し遅れたが、おれはこう言う者だ」 胸元に垂らしたペンダントの鎖を引き上げる。 その意匠は、真紅の杖に纏わりつく二匹の緑蛇。 異邦人のもたらした神話における、ある一柱の神が携えた、天地を繋ぐ伝令の杖。 行き交う情報の紐帯【ちょうたい】を強烈に暗喩するシンボル。 「カドゥケウスの杖、ということは――」 「勇者組合【ブレイブワークス】!……あんた勇者なのか!?」 予想していた通りの答えがスケッチ・コントのごとく決まり、爆笑しそうになりながら訂正を試みる。 「そりゃ俗称だ。おれはそんなものじゃなくって」 「――世界保健機構【WHO】の遊撃武官【ユーザー】」 おどろいた。純粋に。おれの向けた視線がウルの大きくした目とぶつかる。 ド田舎のガキが知ってる言葉じゃあない。 「お前……」 「やぁ、すばらしい」 おれの疑問は、新たに現れた人物にかき消された。 パチパチ、パチと手を打つ音。 それだけでも鼻につくのに、加えてねっとりとした声。 ほっそりとした優男が、にやけながら、引け腰で曲刀を構えた男の脇をすり抜け現れる。 三人の闖入者のうち最後の一人、ではない。 件の男は荒い息を吐きながら膝頭を押さえ、裏口の枠の内、家の中にいる。 駆けてこいつを呼びに行ったのだ、ということは。 「あんたがこいつらのボスか」 「おい、なにボサっとしてる。返しておやりなさい」 曲刀を構えていた男は引けた腰のまま、自分から出来るだけ遠くに離しておきたいとでも言うような所作で、おれのほうにぽいと曲刀を放り捨てる。 「おい、こら」 そのぞんざいさに目が細まるが、男は震えも止まり、どこか気を大きくした様子。 それが何より雄弁に、現れた優男がどういう立場なのか示していた。 「自称でない勇者様がこんな辺鄙なところに現れるとは、思いもしませんでしたねぇ。 光栄だ、実に」 「くだらねぇこと言ってねぇで質問に答えろ。あんたが――」 「ボスだなんてとんでもない。ただの流れの盗賊、いえチンピラ。 でもそれだけで周りに人が集まるんです、何故かね。 この答えでは不足ですか?」 「十分だ。 それで、お前はこの村でクスリを配って回ってるわけか……」 クスリ?きょとんとしたように、優男は目を丸くする。直後にニヤリと表情を歪め、「違いますよ」と否定した。 「粉を配ってるのは魔女です。ぼくなんかじゃあありませんよ、失礼だな」 悪いのはすべて魔女だ。優男は嘯きながらおれのそばを通り、うずくまったまま動かない、最初におれに食って掛かってきた男に肩を貸した。 「まあこちらも妙なケンカを吹っかけた馬鹿がいたみたいで、だからこの件はここで終わり、ながしてチャラってことにしません?」 おれは鼻を鳴らし、腰をかがめて、曲刀を拾う。刃が土で汚れているのを見とめ。 「なあそこの野郎。――そう、そこのビビりだ。 お前、利き手はどっち」 もう自分には関わりがないと思っていたのか、優男の影でふんぞり返っていた男はびくりと跳ね、目を泳がせたあとで、左と答えた。 おれは、すい、と曲刀を滑らせて、そいつの両の小指を凪いだ。 みっともない悲鳴をうしろに、曲刀を鞘に収め、舌打ちする。 「これでチャラだが、いけすかねぇ祖チン野郎。 手前はそのうち別口で這いずり回らせるから覚悟しとけ」 「ぼくはヴェスパーって名前です。以後お見知りおきを、勇者様」 優男は芝居がかった仕草で肩をすくめ、三人を連れ立ちこの場を離れてゆく。 おれはその行く先を見定めてから、ちらと横を見た。 先ほどから終始うつむき加減で、震えて黙り込んだ少女を眺め、家の中に今一度踏み込む。 さっき挑発に使った小袋を見つけて拾い上げ、紐を解いた。 中にはきめ細やかな白い粉が入っていた。嗅ぐと、甘い香り。 小麦粉などでは、断じて、ない。 「おいガキ」返事はない、こちらも期待などしていない。それでも確かに聞こえるように、おれは声を張り上げる。 「多分お前の母ちゃん殺すことになるから、覚悟しとけ」 聞こえるものはなかった。 ただ、外の景色を矩形に切り取った裏口の向こうで、うららかな陽に照らされて、赤い花だけが風に揺れていた。 |
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