2013/08/27 月村了衛『機龍警察』

これは免疫と薬の対決を描いた物語だ。
『個』としてのヒーローではなく『集団』の中に発生したヒーロー一群の物語だ。
その一群が癌として処理されるか、新たな臓器として生きのびるか。
時代に要請され産まれた組織の行く末はどこにあるのか。
ぼく達はよく設計されたこの小説の中で、気持ちよく虐げられるもののほうを応援をする事ができる。


さて、機龍警察である。
月村了衛さんの小説を読むのは初めてだけれど、経歴を見る限りアニメ『ノワール』で幽かに触れた事があるくらいだろうか。
実質この人の書いた物を始めて体験したといっていいと思う。
ところで、冒頭の文章でピンと来た人もいるだろう。
この小説は既存の作品(主にアニメ)のオマージュ的なシーンが沢山ある。 パトレイバーにケルベロスサーガ、
そこにかかれた『組織の中の孤立』が物語の根幹にまで食い込んでいるように思えるし、
特にケルベロスサーガの首都警特機隊はその構造を逆再生して現代に創造したらこの物語の顔たるSIPDになったような関わりが見える。
まあこれはぼくの妄想なのでまるまる鵜呑みにしてはいけないとは思うが。
そういった物語の外側への広がりの解明は誰かがとっくにやってくれていると信じて、
そう、この物語の主人公は人物ではない、SIPDという組織そのものなのだ。

時代は近未来。機甲兵装と呼ばれる軍事用パワードスーツが世界中で流通し。
その危険に対処するため、世論の後押しを受けた強引な法改正によって、警視庁に設置された組織があった。
それがSpecial Investigators,Police Dragoon――SIPD。
三機の最強の機甲兵装を保有した暴力装置。

このようにこの物語には男心をくすぐるニヤニヤしてしまうようなガジェットがこれでもかというほど登場する。
だからそれについてはぼくは語らない。ぜひ手にとって読んでニヤニヤしてほしい。
ぼくが語るのはこの物語に演出されたB級映画臭さではなく(別に否定的な意味じゃないよ、念のため)、 
その痛快さをもってなお読み手に冷たく染み込んでゾッとさせる集団的思考のおぞましさだ。
SIPDの職員はほかの警察官に酷く疎まれる。過剰といっていい。これは先ほども言った首都警特機隊に対する世間の風当たりの強さと似ている。
大の大人が、驚くほど幼稚な理由で下らない迫害をし、事実を婉曲して理解し、
勝手に糾弾しやすいほうへと妄想を膨らませ、それを仲間と共有する。
そして最悪なことに、集団に属する彼らは警察官としての本来の職務、『市民を守ること』を忘れてしまう。
そうなってしまうのは汚職などの犯罪が原因ではない。
縄張り意識、競争心、嫉妬、劣等感。
どれも普遍的で、それゆえに簡単には切り崩せない『悪』だ。
人の負の感情。それが集団で共有され、積極的に肯定されることでここまで醜くなる。
そしてこの小説の最後で、これこそがSIPDの立ち向かう敵なのだと明示される。

はたしてこの小説は誰かの意識を変えることに成功するだろうか。
そして読み手もそれがフィクションなどではなく、我々が特にネットにおいて容易に加担しうる、ありふれた悪だと気付けるだろうか。
このシリーズの行く末に期待したい。